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水行始まる・・・

2月27日(月) 雪

一日中雪が降り続く・・・ここ数日落ち着いていたかとみられる天気も今日は雪。

寒さが戻って来た・・・

押合い大祭もあと一週間・・・いよいよ間近

お寺ではさらに人の出入りが激しくなり、慌ただしさが増してきている・・・

最高幹部の水行が今日から始まった・・・




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撒与講中餅作り

2月26日(日)雪

押合大祭も残すところ1週間・・・この週末はあちこちで各餅会の餅作りが行なわれている。

昨日25日は撒与講中の餅作り・・・

同級生が集まり賑やかな会となる・・・





赤坂の夜は更けて・・・

2月22日(水)晴れ

昭和34年フランク永井と松尾和子のデュエットでヒットした「東京ナイトクラブ」・・・

この昭和30年代は戦後約20年を経て「東京オリンピック」を開催(昭和39年)するなど、経済成長の足がかりを掴みながらようやく世界の仲間入りを果たした時代でもある。

また、同時に戦後最大となった労働争議の「三池闘争」そして「安保闘争」など資本家との闘い・体制との闘争が繰り広げられるなど、まだ混とんとした時代であった。

そんな30年代・・・振り返ってみれば一番昭和という時代を象徴している時代だったと言える・・・

ナイトクラブ全盛の時(33年にデビ夫人の働いていた“コパカバーナ”34年に“ニューラテンクォーター”35年に“花馬車”39年に“ゴールデン月世界”40年に“ミカド”の高級クラブが開店している・・・

これらの店には各国のVIP・政治家・財界人・プロレスラー・各界のトップスター(芸能人・スポーツ界他)・闇社会の人間などが出入りしていた・・

そのうちのひとつ“ニューラテンクォーター”に開店当初より勤務していた人物が書いた本を興味を持って読んでみた・・

「世界各国の超一流タレントが多く出演し豪華なショーを誇り日本一のナイトクラブとしてゴージャスな雰囲気、上品なムードのある社交場」として君臨し「一流の客・誇り高い従業員・日本一高い料金」をもって営業をしていた・・・


その著書は、「四大スター、一夜限りの“粋比べ”」という序章から始まっている・・・

一部を抜粋してみる・・・

「昭和三十六年の十一月末のこと、ふだんは午前二時・三時まで営業しているのをこの夜に限り十二時閉店としこれからお迎えする特別なお客様のために準備に入った・・・フロアは300人も入れる巨大なナイトクラブ、ステージも大きく海外の大物アーティストが何人も上がった舞台・・・そのフロアにウェイターを五人だけと、ホステスも百人の中から選び抜かれた十人で接客することに・・・」

「一時を過ぎたころだろうか、玄関先に立つポーターからお客様がお着きになった旨の知らせを聞いて、長い階段の下で副社長と著者である私がお迎えした・・・やがて四人の大スターが階段を下りてくるのを見てその何とも絵になること・・・その四人は三船敏郎さん(当時41才)勝新太郎さん(同30才)中村錦之介さん(同29才)石原裕次郎さん(同26才)戦後日本の誇る最大の映画スターが付き人なしに悠然と階段を下りてきた・・・席につきブランデーを頼む・・・三時半くらいまで宴は繰り広げられ空いたブランデーは十本近く・・お勘定は八十万円いただきました。(当時の大卒の初任給が一万円を少し越える時代の話である)・・・3人はかなり酔ったようだが、石原裕次郎さんだけが普段とまったく変わらない様子だった・・・」

その時代にこんなエピソードがあったのだ・・・

ニューラテンクォーターはホテルニュージャパン(悪名高い横井英樹氏の経営で、火災により死者33人の大惨事を起したホテルである)の地下にあり平成元年5月に閉店している・・・(現在は高層ビルとなり外資系のブルデンシャルタワーが建っている)

また昭和38年にプロレスラーの力道山がクラブのトイレから出てきたところを暴漢に刺され、その傷がもとで数日後に死亡したことでも知られる。


そんな庶民にとって縁遠い華やかな世界があった現場に立ち、昭和の臭いを感じてみようとその周辺を訪れてみた。




吹雪の爆走

2月21日(火) 曇り

新潟や長岡では雪が降り続き列車が立ち往生するなど、今年は平地での降雪量が尋常ではないようだ・・・

魚沼では19日以降穏やかな日が続き、ほっと一息というところ・・・


その前日(18日)は大荒れだった・・・





美味しい料理は心を豊かにする・・・

2月19日(日)晴れ

19日は二十四節気のうちの「雨水」・・・

草木の芽が出始める頃とされているが、確かに

この豪雪の中でも・・

この早朝における氷点下の気温の中でも・・

路傍の土が見え始めた所から、もう水仙の芽が出ていた。

恐るべし・・植物の生命力!

それに比べて人間は?・・

いいじゃないか・・・

楽しい話をしながら美味しい料理をいただく・・・

これも厳しい冬を乗り切る一つの方法・・


というわけで少し冷え込んだ夜に美味しいと評判のお店を訪ねてみました。










昭和の喫茶店・神田古書店街

2月19日(日) 晴れ

日経新聞文化欄のページにある「私の履歴書」を毎日興味深く読んでいる・・・

今月は佐久間良子さんの担当・・

この前は鶴田浩二さんとの道ならぬ恋の関係、そして昨日は元夫だった平幹二郎さんとのロンドンへの愛の逃避行・・「テムズ川にかかるウォーター・ブリッジ」洋画の『哀愁』の舞台となった場所(ヴィヴィアンリー扮するダンサーとロバートテイラーが扮する将校が出会うシーン)

その橋の上での待ち合わせ・・映画さながらのシーンである。

記述を少し引用させていただく・・

私は「その橋の真ん中で、平さんの胸に思いっきり飛び込んだ。今にも踊りだしそうな心の高まりに胸が沸き立った」・・中略・・「私は人生という舞台で初めて主演女優の座をつかんだような温かい幸福感に包まれていた」

日経で最初に読むのがこの文化欄である・・・『文化』『私の履歴書』『交遊抄』の項目で構成されている。

その中で『私の履歴書』は各界の錚々たる人たちが、来し方を振り返り幼少時代から現在に至るまでの自分史を赤裸々に綴っていて大変興味深く拝読している・・・

作家の皆さんも数多く掲載している・・

その中で三島由紀夫氏はどうだったろうか?

ちょっと記憶にはない・・

その三島由紀夫氏が開店当初良く訪れていたという昭和レトロな雰囲気の老舗(お茶の水では“穂高”と“ミロ”くらいになった)の喫茶店を訪ねました。

先回訪れたがリフォーム中のため入店できなかった「画廊喫茶・ミロ」(50年を越える老舗の喫茶店)・・・そして、神保町の『壹眞・かずま』(ここはちょうど一年ぶりに再訪)。

そして古書店街を見て回る楽しい時間を過ごしてきました。

しかし、あくまでも夕方の本社での会議がメインであることは言うまでもないが・・・





子供さんよ

2月18日(土) 雪

魚沼では、17日については大雪の予報が外れ晴天。(新潟から県央・小千谷くらいまでは大雪だったようだ・・・)
儲けものの1日となったが、今日18日は一転気温が下がり終日雪が降り続く・・・

2月も半ばを過ぎた・・・そろそろ寒波もこの冬の最終ラウンドにしたいところだが・・・


お寺の奥にある鎮守の森では、白山神社祈年祭が14日・15日と行なわれた・・・

14日の宵祭りは地元では“子供さんよ”として知られ、福餅が撒かれ大勢の老若男女で賑わいを見せていた。







道路状況視察

2月13日(月) 晴れのち曇り

早朝少し冷え込み靄がかかっていたが、こんな日は晴れる確率が多い・・その予測の通り靄が切れると久しぶりの青い空・・・

先日は一般道路の雪道状況を発信したが、今回は高速道路を走ってみました。





浦佐~湯沢道路状況視察

2月12日(日) 雪

長引く降雪に死亡事故が相次いでいる・・・

肉体の疲労も限界か?

この大雪に除雪車の出動は連日のように続いている・・作業員の集中力も途切れがちのせいか、11日には考えられない原因により大型ロータリー除雪車に巻き込まれ男性2人が亡くなっている・・・

これでこの冬の県内の雪による死者は20人になったという・・・

この雪さえなければ・・

これほど降らなければ・・

と、悔やまれる・・

お年寄りの事故も相次いでいる・・・

春になれば融けてなくなる雪のために・・・


そんな豪雪になった南魚沼の状況を確認しながら、愛車「ミラ・イース」で激走してみた・・








立春を前にして・・・

2月9日(木) 大雪

度重なる寒波による、昨夜からの雪・ユキ・ゆき・・・

新たに1mは降る勢い・・・

「雪は天からの贈り物」などと感傷に浸れる限度を越え、又『雪の降る街を』のようなロマンティックな世界をも通り越し、雪との闘い・格闘である・・・

節分・立春を過ぎても勢いは衰えず、雪の降り様がすごい年になった。


その節分の日、お寺で行事が行なわれたので映像におさめてみました。







40年ぶりの講義は楽しかった!

2月5日(日)曇り時々晴れ

昨日の立春を過ぎ、いよいよ春の足音近しを感じたいところだが、今週半ばに再び寒波が襲ってくるようだ・・・

まだまだ、そう簡単に春は来ない・・・

私の母によると、寒が明ける(今年はうるう年により4日の午後7時22分とか・・)時間に雪が降ると四十八日間荒れると昔から云われているそうだ・・・

昨日はその時間に雪が降っていた。

ということは、今後はあまり良い天気を期待できず、春の訪れは遅くなるかも知れない・・・


ところで、1月半ばからある講座(全4回)を聴講しており大学まで通っている。

母校でもあり、約40年ぶりに講義を受けることで少しの緊張感と懐かしさが手伝い、学生時代に戻ったようでとても新鮮な気持ちが味わえた・・・

当時住んでいた所も訪れてみた・・・4畳で7000円の時代である。

遠い昔のことであるが、その場に立つとついこの前の出来事のような気がするから不思議だ・・・





酒場探訪記

2月3日(金) 雪のち晴れ

豪雪の年になってしまった。

振り返ってみると東日本大震災から災害(それも今まで経験のないほどの)が集中した一年だった。

大震災・津波に始まり、放射能汚染・夏場の水害と猛暑・台風による和歌山那智山系の山崩れ他・そして日本海側全域での豪雪・・・これでもし富士山の噴火がおきたら?

地球の表面では人口の増加による自然の荒廃がまだまだ続く・・大量のゴミの処分による汚染・核の脅威そして温暖化!

また、地球の内部では大地を支えているプレートが暴れだしている・・・

地球が悲鳴をあげ、警告を与えているのに・・・



なぜだ! それなのに・・・のんきに酒場を放浪する私がいる。





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